札幌の繁華街ススキノで鴨(マガモ)の赤ちゃんが誕生した。ここは鯉の放流場。川上も川下も鉄柵で閉ざされている。果たして飛べないヒナの運命は?

初めて鴨の巣を見たのは2004年6月20日だった。キッカケはこうだ。中島公園で鴨の写真を撮っていると、優しそうな奥様が声をかけてくれた。「藻山橋の下に巣がありますよ」。
その後、毎日の様に巣を見に行ったが、7月13日になっても巣立つ気配がない。

一体いつになったら巣立つのだろう? 藻山橋は南8条西4丁目で鴨々川に架かる橋。家から街に行く通りすがりにある。
7月18日に通りかかるとビックリ! なんと巣の周りを親子鴨が泳いでいたのだ。巣立って間もないに違いない。

巣立ったばかりの鴨を見るのは初めてだ。

8羽いる。
とても嬉しい!

雛は母鴨にピッタリくっついて泳いでいる。

かわいい!

 

鯉が近づくと逃げて行く。まさか食うとも思わないが、なんとなく心配だ。気分だけだが、すっかり父鴨の気持ちになってしまった。ご存知の様に鴨の父は子育てに関わらない。

ここは鴨々川。上流に行けば中島公園だが、どうもこの辺は落ち着かない。

石の隙間から一輪の花が覗いている。のどかな散歩と思っていたら…

又、鯉が追いかけて来た。泳いでいるだけかも知れないが、私には追ってるように見えるのだ。

母鴨と子鴨群の間隔が空いてきたのも気にかかる。親離れの始まりかも知れない。「早すぎるぞ!」

「しばらく、ここに隠れていましょう」と母鴨が子供たちを誘導する。

ここは鯉の放流場。上流と下流に鉄柵がある。鯉にとっては牢屋みたいな所だ。

草むらのような所に隠れても、鯉は水面の下を泳いで来るのだから意味はない。

そうだ! 石の上なら安全だ。しかし、2匹の亀が陣取っている。

遠慮して片隅に上がった子鴨が哀れだ。

母鴨は活路を上方に求めたようだ。なぜか上ばかり見ている。

子鴨は母の気持ちも知らないで下ばかり見ている。

飛べる母は空を見て、飛べない子等は水を見る。親子の断絶の始まりか?

一番上の画像を見て欲しい。人工的な川の両側は、子等にとっては断崖絶壁に見えるだろう。母はそこを考えてやらないといけない。

「早く上がっておいで」
「上がれないよー」
子等の悲痛な叫びが聞こえるような気がする。

登れないと言っているのに登るように促している未練な母鴨。

テコでも動かんという態度の子供たち。この勝負は母の負けで終わるだろう。

ダメなものはダメなのだ。

藻山橋より母子鴨を見守る人たち。

もう1時間もたっているのに暇な人たちだ。

そういう私も最初から一部始終を観察している。

ついに母親も諦めて上流に泳いで行くことにした。

親子の信頼関係が戻ったのか、子供たちはしっかりと母について行く。

しかし、安心できないことを私たち人間は知っている。

ガーン!鉄柵があって通れない、どうしよう?

鯉を逃がさない為に人間が作った柵が親子鴨の行動を妨げている。

柵の前で右往左往している親子鴨が哀れだ。何とかならないか。

鯉が通れないように作ったのだから、いくら探しても抜け道はない。

一生懸命探す母と、その後をヨチヨチとついて歩く子どもたちが可哀想。

横は絶壁、前後は鉄柵。まさに袋の鼠である。

思案にくれる母鴨は呆然として立っている。

私たち「暇人見守り隊」も手が出せない。

子鴨に手を出すと母鴨がパニックを起こすのだ。この状態では静かに誘導することさえ出来ない。

2004年7月19日、鴨の赤ちゃんは助けられた

鴨を助けるには柵を開ける必要がある。鴨が出られない様子を見て、鯉の放流場の管理人さんに、「鴨が困っているので、何とかして下さい。」とお願いした。しかし、管理人さんは「今日、初めてここに来たので、よく分らない」と言ったきりで動こうともしない。

冷静に考えてみると、カラスに支配されている中島公園より、人通りの多い、ススキノの方が安全かもしれない。下手な手出しは無用と思い直した。

動物は水と餌さえあれば生きて行ける。界隈の飲み屋もカラオケも要らない。子等も大きくなって力を付ければ上に登れるようになるかも知れない。それに2ヶ月もたてば成鳥になり好きな所に飛んで行けるのだ。

急ぐ話でもないので、2ヶ月くらい「ススキノ名物親子鴨」ということでもいいではないか。見ている感じでは鯉さんと亀さんとも共存できるようだ。

用事をすまして、家に帰り、ネットに繋いで掲示板をみると書込みがあった。「……管理人さんが鉄柵に穴をあけて通れるように……」したから、もう大丈夫という内容だった。ホッとして明朝、見に行くことにした。やっぱり、早く自由になってもらった方がいい。

翌日(19日)街に行くときは鴨々川に沿ってススキノまで歩いた。鯉の放流場で管理人さんに会ったので、「鴨の赤ちゃんはどうしました?」と聞くと、「もう、中島公園の方に行ってしまったよ」と嬉しそうに答えてくれた。

ああ、良かったと思う反面、「これは大変だ、ちょっと早すぎる」とも思った。中島公園は一見、水と緑豊かなヒナ達の楽園に見えるが、カラス、カモメ、猫などの天敵が多く、生まれたてのヒナにとっては危険な所だ。

管理人さんは喜んでいたが、私には心配になって来た。こうなった以上、7羽のヒナ(巣立ちは8羽だったが1羽行方不明)の無事を祈るのみ。中島公園では1ヶ月以内に約半分のヒナが行方不明になっている。

中島公園に到着した「薄野八子一家」

親子鴨は数と大きさで識別できるので名前を付けている。姓は薄野で巣立ったので薄野、名は8羽で巣立ったので八子とした。薄野を出発したときは7羽だが、名前を変えたりはしない。

7月19日は7羽だったが、その後6羽となり8月2日には5羽となる。

巣立ってから2週間。母鴨とくつろぐ5羽の子等。


母は子等に何かを語りかけている様だ。 2004年8月2日 中島公園

2004年9月8日台風第18号の惨禍を生き抜いた4羽

未曾有の台風で木々が次々と倒れる中でも動物は力強く生きて行く。猫もカラスも鳩も、そして薄野から来た鴨の子等も生き抜いて行くだろう。

台風後3日たった9月11日、薄野八子一家と再会した。8月2日以降に1羽失い4羽になっていた。大きくなって逞しくなった子等は人間で言えば中学生。成鳥になって飛んで行く日も近い。

子等は黙々と草を食む。母鴨は子等を守るための監視を怠らない。

薄野で生まれ苦労して中島公園に来た鴨の子供たち。猫やカラスの多い公園は子等にとって楽園ではなかった。生き残ったのは4羽。

映画が大好きな私はタイトルを交えて子等にエールを送りたい。
諸子はエライ! 「地獄の戦線」を生き抜い「若き獅子たち」だ。

2013年7月19日更新
中島公園パーフェクトガイド

中島公園の親子鴨リンク集

中島公園親子鴨情報(総集編)
2007年 中島公園の親子鴨物語
2006年 中島公園親子鴨のすべて
2006年 6月25日の親子鴨、
2005年 6月中島公園親子鴨情報 
2005年 6月親子鴨情報「子沢山一家」
2005年 7月母は強し戦う母鴨
2004年 8月中島公園4組の親子鴨
2004年 7月中島公園の鴨の子育て 
中島公園カモ物語 子鴨はつらいよ

「子鴨はつらいよ」の補足画像


上がれて言われても無理。親は飛べるが、子等は歩いて登るのだから。


上の石には鴨の巣があった。下の石は亀の甲羅干しに使われている。薄野には川も柳もあり、鴨、亀、鯉が居る。

それにお寺が沢山あって「すすきの六条寺町通り」と言う小説もある。単なる歓楽街でない古(いにしえ)の町。


恋の町札幌には東北・北海道最大の繁華街薄野がある。薄野と中島公園を繋ぐ鴨々川には、鯉、鴨、亀などが棲息する。

薄野、南8条で産卵されて温められて育てられ、1ヶ月後に8羽で巣立った子鴨たち。鴨々川を遡上して中島公園に着き定着する。そこで育ち成鳥となる直前に未曾有の台風第18号に遭う。2004年9月8日のことだった。

いつ何処で何羽失ったか知らないが、台風直後の中島公園で4羽の子鴨とその母鴨に出会った。

あの薄野で巣立った子鴨に再会できたのだ。この時の感動を忘れることは出来ない。

「子鴨はつらいよ」はフィクション?

薄野から中島公園の至る所まで「薄野八子」一家を追い続けた。一生懸命観察し記録して書いたので実録と言いたいのはやまやまだが、それは無理。

数と大きさで見分けているが、この年は4組の親子があり2組については巣立った日が離れているのでハッキリと違いが分かる。

ただ一組は、数が6羽と似ている上、1週間しか離れていない。識別を間違えるとしたら、この辺にある。

もう一つの理由は、私自身が「薄野八子」一家に思い入れがあり過ぎること。鴨の気持ちなど分からないのに書いていると、いつの間にか鴨の様な気分になってしまう。これでは実録を書く資格がない。

「この3ヶ月一生懸命観察し、記録してきたのです」
「ゴクローサン」
「ですから実録としたいのです」
「そりゃダメだ。キチンとした裏がない」
「じゃぁー、フィクション」
「それこそ絶対にダメ!」
「なんでですか?」
「面白くなければフィクションじゃあない」

実際の話悩んでいる。資料となるような事実を書きたいと思って始めたことだが、自信をもって事実とは言い難い面があることに気付いた。

それでフィクションとしたのだが、面白くないフィクションってなんだろう? 私にとっては永遠の課題である。

カモへの餌やりについて提案

「小動物へのエサやりはやめましょう」という看板が中島公園にも立っている。エサやりが及ぼす人や環境への影響が心配されている。

東京上野の不忍池では東京都が「エサやり防止キャンペーン」をやっていたそうだ。理由はエサを食べすぎたカモ(多くはオナガカモ)がメタボになり、飛べなくなったということである。

エサの食べすぎで太ったカモが自分の重さに耐えかねて、シベリアまで帰れなくなって死んでいるというのだ。メタボで悩む人に対しては分かり易い説明でである。

私も本気にしていた。しかし、専門家によると「カモは春の渡りの時期が近づけば太り、渡り終えると体重が半分になる」そうだ。

それに、カモに限らず鳥類は羽が多いので、外から見たのでは太っているか、どうか見分けるのは難しいそうだ。

私はエサやりはしない。動物の生態に関する知識が不十分なので、責任ある施設管理者や深い知識のある人の指示や意見に従うことにしている。

又、何となく野生動物は野生のままがいい。人があれこれ余計なことをしない方がいいと思っている。

考えて見たいのは中島公園にはカモ(マガモ、以下同じ)はいなくてよいか? カモの赤ちゃんは生まれなくてよいかと言うことである。

2004年は中島公園で4組の親子カモが現れ、子ガモは22羽くらい、可愛い姿を見せてくれた。通りかかる人たちが「可愛い」と言って見て行く。

しかし、人がエサをやらなければ、カモは減るだろう。カモは空を飛べるのだから、エサのある所に移動する。可愛いカモの赤ちゃんも見れなくなるかも知れない。

「お腹が減ったカモが可哀想」と言う人もいるが、別にカモが困るわけではない。カモはエサのある場所に飛んで行くだけだ。

ただ、すっかり中島公園に馴染んでしまったカモはどうなるか分からない。少しだけ右往左往するかもしれないが、どこかに居場所をみつけるだろう。

結論を言うとカモの問題でなく人間の問題と思う。人間同士が折り合いをつけて一つの結論を出せれば、それで問題は解決する。

私は動物とか、その生態とか何も知らない素人だが、自分なりの意見はある。しかし、関連知識がないから間違っているかも知れない。それを前提に読んでみてほしい。

鴨(マガモ)が好きだけの私の提案

1.鴨にパンなどの人工の餌をやらない
2.鴨が好む自然餌を池や池の周りに作る
3.今、餌をやっている人には、自然餌を作るボランティアになってもらう
4.専門家に知識を与えてもらう

とか書いてみたが、先ず専門家に一定の結論を出してもらわなければならない。

野生動物に餌をやる場合はトキの場合、丹頂鶴の場合あるいはカラスの場合とか対象によって異なる。場所により対応が変わってくる場合もある。

そうすると、「中島公園のマガモに餌をやるべきかどうか」とか、個別に結論が必要だ。こんなテーマに真面目に取り組んでくれる専門家はいるだろうか?

その他、もろもろのケース、いろいろな問題も考えられる。易しいようで難しい問題だ。

中島公園の動物たち

2008年、菖蒲池に鯉が戻った
2007年、川に迷い込んだサクラマス
2006年 1月3日異変、鴨はどこへ? 
泳ぐ鴨: 私の愚作アニメです(笑)。

中島公園動物小説

3.実録!猫は泳ぐ人も泳ぐ
2.報われなかったニャンコへの愛

1.ニャンコ救出大作戦


 
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