幻のオリンピックⅠ ~謎の冬季オリンピック・ポスター~


昔の菖蒲池、建物は今はなきライオン食堂。 札幌市公文書館所蔵

「詩のボクシング」は、トーナメント戦が全国各地で行われていることで知られている。これには独自のルールと判定方法がある。一方こちらは、ルール無視の「お喋りボクシング」。自分が言いたいことを勝手に喋っている。レフリー役の私だけが重責を担わなければならない。 

ホームページに掲載する以上、事実に基づいた結論を出さなければならない。雑談は自由にやってもらうが、私の出す結論は事実でなければならないのが辛いところだ。一応そうゆうつもりで書いている。

お喋りのメンバーは中島公園界隈の住民と新住民。そして黙って聞いている「中島パフェ」管理人、立場は違うが共通する面もある。それは中島公園散歩人。

中島公園にオリンピック開催記念碑を建てたい

「歴史ある公園と言っても、何も残っちゃいないな~。寂しいね~」
「記念碑はどうでしょう。例えば、競馬場やライオン食堂の跡地に……」
「ライオン食堂は池の真ん中だよ。記念碑なんか建つ訳ないだろう」
「錨をつけて水に浮かせば面白いじゃあないですか」
散歩人のおしゃべりは史実とは違うこともある。特に古いことは。


ライオン食堂(1918年開道50年博覧会の西洋館)札幌市公文書館所蔵

「おっと! 目玉がありました。冬季オリンピック開催記念碑!」
「オリンピックは真駒内だろう」
「それがマサカの中島公園、1937年の新聞スクラップで見つけました」
「37年と言うと昭和12年か? 俺はまだ生まれてないなぞ」
「国際オリンピック委員会の決定で中島はスケート会場に決りです」

「冗談だろ。 ホントなら、活躍した選手の名を言ってみろ」
「見つけたのは札幌決定のニュースだけ。細かい字ばかりで疲れた」
「その先を探さなきゃダメだよ」
「苦労してやっと見つけたんですよ。お後はよろしくお願いします」
「俺はやだよ。第一そんな話信じちゃいない」
「嘘じゃないですよ。 ちゃんとコピーも取ってきました」

それには「ワルシャワで開かれたIOC総会で札幌開催を決定した」と書いてある。これは間違いのない事実だ。つまり史実である。

中島公園の資産と活用を考えるシンポジウム開催

ところで現在の話題だが、2011年10月22日「中島公園の資産と今後の活用について考える」をテーマに文学館講堂でシンポジウムが開かれた。

中島公園について、今ある資産をどのように活用して行くかという視点で意見交換をし、私もパネリストとして参加した。最後の質疑応答では、来場者より活発な発言ががあった。

その中で次のような意見があった。歴史的に意義のある場所については記念碑のような形で残すこと。そして、来園者を案内する為の「情報センター」を設置すれば歴史も理解され易くなる、というものである。

昔ポンドと呼ばれた菖蒲池はスケートのメッカ

「中島公園内にはオリンピック開催の痕跡が何も無いのです」
「やってないんだから、無くて当たり前」
「リンクも作って、審判員の訓練もやったんですよ」
「池に浮かんだ氷の上でオリンピックが出来る訳ないだろう」

確かにそういう事実もあった。凍った氷が膨張して割れるのを避けるため、周囲に30cmばかりの隙間を作って、大氷盤を水の上に浮かせていたのだ。しかし、中島公園では着々とスケート場を整備し、各種のスケート大会を開き、氷上カーニバルのような大きなイベントも開催していた。

1896年中島公園菖蒲池でスケートをする人が現れ、1921年には「第1回札幌スケート大会」を開いた。1931年には札幌スケート協会恒例の氷上競技大会も11回を重ね、更に発展。これらの大会から、後の国際的有名選手も育って行ったのである。


スピード、ホッケー、フィギュア等も行われた。 札幌市公文書館所蔵 

氷上カーニバルは中島公園菖蒲池上で1925年から行われ、札幌市民の間に次第に定着。宮様が参加する氷上カーニバルにまで発展した。


1928年(昭和3年)秩父宮殿下を迎えたカーニバル。 公文書館所蔵

黒澤明監督の映画『白痴』でも紹介された氷上カーニバルは、菖蒲池上で開催されていが、最終的には中島球場の人工リンクに移され1974年まで続いた。


参加者の仮想で盛り上がる氷上カーニバル。 札幌市公文書館所蔵

黒澤映画で表現された幻想的な氷上カーニバルのシーンは、現実の中島公園をはるかに超えて、少し怖い夢の世界を見ているようだった。

謎のオリンピック・ポスター

「札幌決定は事実だし中島公園はスケート会場に決定しました」
「しかし、競技結果も出た選手の話も聞いたことがない」
「まあ、そう言わずにこれを見て下さい」

The 5th. Olympic Winter Games

第5回冬季オリンピック、昭和15年プログラム 札幌市公文書館所蔵

「なんじゃこれ?」
「札幌と書いてあるでしょう。オリンピックともね…」
「そんなこと分かってるよ」
「第五回冬季オリンピックをやるということじゃないですか」

「VENUEってなんだ?」
「まあ…、細かいことはいいじゃないですか」
「何がPROBABLEなんだ?」
「アバウトで行きましょうよ。アバウトで…」

二人の話は単なる雑談としても、私としては放って置くわけには行かない。なぜなら私は「中島パフェ」の管理人。責任があると思う。1937年に札幌開催をIOCで決定したことは事実と確認しているが果たして実施されたのか。開催決定後どうなったのか、早急に調べなければならない。

国際会議で決めたことだ。よほど重大な理由でもない限りひっくり返ることはないはずだ。中島公園でのスケート競技開催は、一体どうなるのだろう。調べるのは楽じゃないが、だんだん楽しみになって来た。

次回に続く → 幻のオリンピックⅡ札幌決定欣喜雀躍

追記 2013年3月

「中島パフェ」はこのページを通じて札幌日本大学高等学校放送局のビデオ製作に協力しました。タイトルは 「オリンピック冬季競技物語」
~雪に不安なき札幌 大会よ輝かしくあれ!~

主要参考文献
さっぽろ文庫84 『中島公園』札幌市教育委員会編 北海道新聞社

2011年12月4日更新
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札幌市公園緑化協会中島公園
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札幌市公文書館
雑文:巧みに操る夫婦舟

以下の画像は札幌市公文書館所蔵

この記事を書くために公文書館に行きました。郷土史相談室では札幌の歴史や文化についての相談に乗ってくれます。

公文書館所蔵写真等は、このサイトに使用する許可を受けて掲載しています。
従って、ここからコピーして使用することは出来ません。

必要な方は直接、「札幌市公文書館」に相談してください。


(北海タイムス1937年11月11日)
「札幌大会規定成る」と書いてある。何の大会だろう?やはり、オリンピックだろうか?


逆立ちして手にスケートを履いている。
昔も今も面白いことをする人が…。
よく見ると? ……分かりますね。


(第5回冬季オリンピック大会会報1号)
「実行委員会会報第1号」と書いてある。やはりオリンピックだ。準備をしていたなら、やるしかないだろう。


(1940年札幌オリンピック関係図案)
素晴らしい! しかし、WINTIRとは?
V.(ピリオド)は何だろう?数字の5を表すと思うが分かりにくい。しかも、1940は私の生まれた年だ。そう思うと、日の丸の下はバースデーケーキに見えてくる。

(第5回冬季オリンピック大会会報1号)
やはり、中島公園はオリンピック会場だ。中島公園池とは菖蒲池のこと。屋外練習場に指定されている。


氷上カーニバルに参加する子供たち。多分、今は80代になっている。「あっ! 私だ」とか見つけてくれるといいのだが、そうは行かないだろうな。


(北海タイムス1937年)
この時代の日本人がフィギアなどで、外国人選手の点数つけるのは大変と思う。いろいろ苦労はあるようだ。果たしてオリンピックはやれるのだろうか?

以上の画像は札幌市公文書館所蔵

 
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