消えた素敵な空間

山内壮夫ワールド

ロードヒーティング

残せなかった景観

中島公園・昔と今

思い出の山内壮夫ワールド

 札幌市文化資料室の所蔵写真を見てビックリした。 そこには、今の中島公園では観られなった美しい「百花園」の写真があったのだ。 


1972年5月 空撮・中島公園,野球場など 札幌市文化資料室所蔵

 空撮した百花園とその周辺の写真もあった。 この写真の左側は菖蒲池、その下の方に天文台の白いドームが小さく見える。 右上が中島球場で、今は文学館を含む緑のオープンスペースになっている。

 右半分中央に百花園全体が見える。 上の方が少し円くなっているが、中央に見える白い点が「笛を吹く少女」、その右下のX状の真ん中の四角いプールの中に「母と子の像」。 そして、そこから斜め線が延びている。 

 右の白い点が「鶴の舞」、左の更に小さい白い点が「猫とハーモニカ」と思う。そして、その右下の三重丸の真ん中に「森の歌」がある。

この写真の下にある3枚の写真を見て、そう思ったが合っているだろうか?

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消えてしまった素敵な空間

 長い間、札幌に住んでいるので百花園にも行ったはずだが、なぜか記憶が薄い。 若いころは奇麗な花などを楽しむ余裕がなかったのかもしれない。

 今にして思うと、とても残念だ。 美しい風景をしっかりと記憶に留めて置けばよかった。 写真を撮っていれば、もっと好かったと思う。


1987年9月11日 藻岩山を背景に3基の彫刻 札幌市文化資料室所蔵

 青空の下にそびえる藻岩山をバックに噴水がある。 噴水に囲まれてる山内壮夫の彫刻「森の歌」がとても美しい。 左に「鶴の舞」右に「猫とハーモニカ」手前には、水の中に浮かぶように配置されている「母と子の像」。 


1987年9月11日 後ろから見た「母と子の像」 札幌市文化資料室所蔵

 そして、母と子の視線の先には、人間・動植物等の自然が刻まれた「森の歌」。 背景は札幌を象徴するような大空と藻岩山。 後ろで笛を奏でる少女。 これらは一本の線で繋がっている。

 これが何を意味するか、私には分からないが、札幌の自然を背景に、それとの調和を図りながら、5基の作品が配置されている。 

 それぞれが個性がありながら、全体として統一が取れている。

 何といっても藻岩山が観える開放感が素晴らしい。 

← 1989年4月15日 笛を吹く少女
  札幌市文化資料室所蔵

 昔は、付近の住民が中島公園を誇りに思い、積極的にボランティア活動をしていたと聞いている。 

ボランティアと言う言葉が定着する以前のことだが、住民の意識は高かった。
そして、今でもその様な意識は受け継がれている。

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景観全体が山内壮夫ワールドだった

 5基の彫刻全ては、札幌とゆかり深い彫刻家,山内壮夫の作品である。 無限に広がる青空と藻岩山を背景に、花と緑の空間がある。 山内は、そこに水と5基の彫刻を配置して、一つの作品にまとめ上げたのではないだろうか。

「素晴らしいでしょう。 私は山内壮夫ワールドと呼んでいるんです」
「ちょっと待てよ…、どこかで聞いたことあるぞ~」
「偶然の一致ですね。 でも嬉しいです」
「空想を事実と思い込むのは、あんたの悪い癖だよ」


1987年9月11日 噴水の真ん中に「森の歌」 札幌市文化資料室所蔵

「でも、私には分からないんですよ」
「都合が悪くなると、直ぐ分からんと言うんだな」
「中島公園は大きく変わりましたが、良くなっているのでしょうか?」
「キタラも建ったしロードヒーティングも整備されたし、好くなってるよ」

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無用の長物となったロードヒーティング園路

 ロードヒーティング園路は、冬でも快適に歩いて札幌コンサートホール・キタラに行くための施設として整備された。

 2003年まではフル稼働だったが、その後経費節約の為か、徐々に使用が制限され、2005年からはほとんど使用されていない。 恐らく、将来も使われることはないだろう。

 時計台、クラーク像、北大ポプラ並木が、札幌の三大ガッカリだそうだが、
これらは誰もが見ることが出来る「表のガッカリ」。 

 ところで、誰も見ることも感じることも出来ない「裏のガッカリ」をご存知か? 言うまでもなく、使用できないロードヒーティング。 

 確かに経費はかかると思う。 しかし、中島公園には地下鉄駅が北と南にある。 これに繋がる約1.5kmのロードヒーティング園路は、極めてユニークな設備だ。 日本で唯一の存在と思う。  世界的にも珍しいのではないか。 

 これを冬のイベントに使うと、アイディア次第でいろいろなことが出来る。 
便利なことに、参加する人は南国からでも夏靴のまま参加できるのだ。 

 地面の下に文字通り埋もれている観光資源がある。 眠らして置くのはもったいない。 使えるものなら、知恵を絞って考えるに値すると思う。


2003年冬 札幌コンサートホール・キタラ付近の園路。

「造って15年、使わなくなって7年か。 壊れてるんじゃないか」
「空を見ればビル。 藻岩山が観える広い空間も残り僅かです」
「分かる分かる。東京のド真ん中の公園に行ったら、四方を高層ビルで囲まれて、空が小さくなっていたぞ」

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素晴らしい景観を残す道はなかったのだろうか?

 再び山内壮夫ワールド思い浮かべてほしい。 この空間は大きく変化した。
既に藻岩山はビルの陰に隠れ始めている。 花と水の百花園はなくなり、噴水の中心にあった「森の歌」も姿を消している。

百花園の跡地は芝生の広場となった。 冒頭の画像右側の大きなポプラは、
危険木として切り倒された。 藻岩山もビルの影響で景観が崩れている。

 こうなってみれば、2002年の中島公園再整備に伴い「森の歌」が児童会館前に移設されたのは、必然かもしれない。 ところで「森の歌」は、移設に際し長期保存に適したブロンズで再鋳造された。


「森の歌」の周りは花の広場になる計画があった。 2011年7月撮影。

 約半世紀前、青空と藻岩山をバックに、開放的で美しい空間が広がっていた。 そこには、それぞれが素晴らしい個性をもつ5基の彫刻が配置され、景観そのものが、まるで芸術作品のようだった。 

 しかし、それらは幻のように消え去ってしまった。 惜しいことをしたと思う。 野外彫刻を含めた景観を、そのまま残す道はなかったのだろうか。

 残りの4基の彫刻は、百花園とほぼ同じ場所に造られた芝生の広場を囲むように、場所を変えて配置されている。

母と子の像 2011年7月撮影

笛を吹く少女 2011年7月撮影

鶴の舞 2011年7月撮影

猫とハーモニカ 2011年7月撮影

 これを見て、花と緑に囲まれた彫刻もいいものだと見直している。 ひっそりとたたずむ「母と子の像」、バラに囲まれて立ち姿が美しい「笛を吹く少女」、緑をバックにしてユニークな「鶴の舞」、子どもたちが座って遊べる「猫とハーモニカ」。 

 それぞれに趣があって素晴らしい。 しかし、「山内壮夫ワールド」は消えてしまった。 人・動植物をふんだんに刻んだ「森の歌」は移設され、ビルなどの建設で藻岩山の景観も崩れ始めている。

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「中島公園・昔と今」を探り続けたい

 1958年の「北海道大博覧会」は子供の国と天文台を生み、豊平館を中島公園に定着させた。 そして「山内壮夫ワールド」も生まれた。

 1992年の「平成の再整備」構想では、水と緑に加え歴史と芸術の公園を目指し、着々と整備されている。 

 中島公園の歴史は、札幌の歴史そのものと言われ、変化を繰り返しながら現在の姿がある。 1回目を「山内壮夫ワールド」とし、順次、いろいろな視点から「中島公園・昔と今」を探って行きたいと考えている。

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2011年11月26日更新
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「中島パフェ」関連リンク

NakajimaPark,Hokkaido,Japan
札幌市公園緑化協会中島公園
札幌彫刻美術館友の会
札幌市文化資料室
エッセー「楽しい食卓朝の食卓」

以下、昔の写真:札幌市文化資料室所蔵


今はなき百花園でごみ拾いをする子どもたち。 1989年4月に撮った写真だそうだ。

今でも子どもたちに受け継がれているボランティア活動。 2010年6月、「中島公園モニュメント研究会」主催の野外彫刻清掃運動にも多くの子どもたちが参加した。

上の写真と下の写真に写っている野外彫刻が同じであることに気づいたでしょうか?


1962年4月、今はなき噴水。


1987年9月、母と子の像は水の中。


1987年9月、大きなポプラも今はない。

以上、昔の写真:札幌市文化資料室所蔵

 
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