中島公園でこの10年間、一番激しく変化した風景と言えばポプラ並木。地下鉄幌平橋駅から西に続くポプラ並木は2004年の台風第18号で倒壊した。ポプラはいくらか残ってはいるが、もはや並木とは言えない。   

今となっては想い出のポプラ並木


2004年9月8日、この景観が一気に消失した。台風第18号で倒壊したのだ。二度と見ることの出来ない風景だから残して置きたかった。今となっては想い出のポプラ並木である。2001.11.3(撮影年月日、以下略)


地下鉄を降りて階段を上ると、そこは緑あふれる森のようだった。一番出口を出て左に行けば中島公園、右に進めば札幌の母なる川:豊平川がある。幌平橋駅周辺にはコンビにもラーメン屋もない。あるのは水と緑だけ、地下鉄駅周辺としては珍しいと思う。  2002.9.7


2001年9月に札幌市郊外より中島公園近くに転居した。最寄り駅は地下鉄幌平橋駅。駅前のポプラ並木の天を突くような姿に圧倒された。これまで数え切れないほど転居してきたが、ここに来て好かったと思った。2002.12.26


住居から幌平橋駅まで徒歩5分、鴨々川を渡るとポプラ並木がある。公園沿いの曲線のある道路は碁盤の目のような札幌では珍しい。お気に入りのポプラ並木が徐々に黄緑色を増し春の到来を告げる。ここが気に入り、中島公園に関するホームページを開設することにした。 2003.1.11


青空に向かってそそり立つようなポプラ並木が好きだった。しかし、この並木と歩めたのもたった3年間。転居して3年後の2004年9月に8日には、台風でポプラ並木は倒壊した。写真として残せたのがせめてもの慰めだ。 2003.1.26


地下鉄幌平橋駅に向かう園路。春はクロッカスが咲き若葉が茂る。夏は深緑、秋は紅葉、そして冬は雪景色など、四季の変化が楽しめる。2003.1.26


遠くから見ると細長いポプラも近くに寄って見ると太くて堂々としている。実際、2002年10月2日の台風第21号ではヤナギがかなり倒れたが、行啓通のポプラ並木は倒木をまぬかれた。2003.10.25


この辺りを流れる鴨々川は、下流の中島公園や薄野に比べると自然を感じさせる。この川は地下鉄幌平橋駅の直ぐ裏を流れている。緑豊かで川の流れる幌平橋駅は水と緑の駅と言えよう。中島公園の北は中島公園駅、盛り場薄野に続く駅だが、南の幌平橋駅は自然が豊かな駅。中でもポプラ並木が映えている。 2003.10.25


春になってもポプラに葉が付くのは遅い。後から考えれば、この風景も見納めだった。この年の9月8日、この並木は倒壊した。 2004.4.5


毎年春一番に咲くのがクロッカス。大きな木々の間一面に咲くクロッカスは春を告げる可愛い花。大木との対象が好かったが、この辺りの風景も、この秋に来た台風で大きく変わった。2004.4.14


ポプラにもようやく葉が付き始めた。この道を通って幌平橋駅に行く道が好きだった。今でも好きだが昔ほどでもない。かなり緑が減ったからだ。緑豊かなこの道が好きだった。冬になっても緑の面影は心に残っている。2004.5.12


この写真が、かってのこんもりとした緑の中にある幌平橋駅の撮り納めとなった。この後に台風第18号に襲われてポプラ並木を始め多くの木々を失った。そして、幌平橋駅周辺の景観は大きく変わってしまった。2004.6.6

2004年9月8日 台風第18号の爪跡(幌平橋駅周辺)

台風は来ないといわれた北海道なのに大きな被害をもたらした台風第18号だった。その爪跡を最悪の状態で残したのは、ポプラ並木を中心とした地下鉄幌平橋駅界隈だろう。この辺りの風景は2004年9月8日を境に様変わりした。 


ここは行啓通。木の陰に幌平橋駅の出入り口が見える。倒壊したポプラ並木が痛々しい。まるで戦災に遭ったようだ。幌平橋の向こうに見える豊平区のビルが別世界のように感じた。2004.9.9


同じ場所を道路の反対側から見ると木々の倒木状態が分かる。台風の翌日に撮ったが、当日は倒れたポプラが一時道路に横たわっていた。2004.9.9


左に幌平橋駅駐輪場。木々の撤去作業が進行中。2004.9.9


ポプラ並木は一気に消失。残った切り株が寂しい。2004.9.20


台風1週間後、倒木が片付けられ被害の形が見えて来た。2004.9.15


台風以前は鬱蒼とした緑の中にあった地下鉄出入口。ずいぶん明るくなったものだ。向きを変えれば藻岩山もハッキリ見える。2004.9.20


台風1ヶ月後の地下鉄幌平橋駅エレベーター出入口。かっては水と緑の地下鉄駅だったが、ずいぶん荒れてしまった。災害は景観を一気に崩すから怖い。修復するのはかなり先のことだろう。2004.10.8

「STVどさんこワイド 台風18号の猛威」に写真提供

9月8日の台風直後の中島公園の惨状を載せた当サイトの写真が、STV記者の目にとまり番組に協力することになった。


STVどさんこワイド年末特別番組「 台風18号の猛威」からコメントを求められた。もちろん、台風の爪跡をハッキリと残しているのはポプラ並木の倒壊現場。そこで撮影者としての簡単な感想を話した。2004.12.30


どさんこワイドで12月30日に放映された画像。在りし日のポプラ並木。


古い話なので忘れたが、その他3枚くらい放映されたと思う。


こんなに沢山の木々が倒れたのは中島公園始まって以来ではないだろうか。これから調べてみたいと考えている。実際に見た感じでは幌平橋駅周辺の被害が一番大きい。次回の「失われた景観」では中島公園全体についの爪跡を更に詳しく見て行きたいと思っている。 

中島公園全体の台風被害概略はこちらをクリック → 台風第18号の爪跡

2013年1月14日更新

中島公園21世紀 ~失われた景観~

行啓通のポプラ並木
鴨々川ヤナギ並木(キタラ裏)
ランドマークの木(キタラ前)
ムクドリの木(池北の中島)

私が大好きだったポプラ並木

2004年の台風第18号で景観が一番大きく変わったのは何処だろう。私は地下鉄幌平橋駅付近と思う。駅の西側には大好きなポプラ並木があったが2004年に襲った台風第18号で倒壊してしまった。
(各画像説明文末は撮影年月日)

2001年 中島公園付近に転居


背の高いポプラ並木は行啓通の両側にあった。並木は幌平橋駅付近なら何処にいても見えた。地下鉄幌平橋駅に向かう園路からはこんな風に見える。 2001.10.14


鴨々川水遊び場からはこんな風に見える。 緑のある風景はそれだけでも癒される。しかし、緑一色では方向感覚を失うこともある。背が高く特徴あるポプラ並木はランドマークの役目も果たしてくれていた。2001.10.14


雪景色にも映えるポプラ並木。2001.12.5

2002年 個人宛「中島公園便り」


この日は大雪これも北国の現実。美しい雪景色だが生活を脅かす。2002.1.1

東京の親戚に近況報告を兼ねて「中島公園便り」を月1回郵送することにした。大好きな中島公園を知ってもらおうと思い、画像に説明文を付けて新聞のような体裁にした。


画像の右下が地下鉄幌平橋駅。当時は木々に囲まれた駅だった。2002.3.20


幌平橋駅を幌平橋から望む。行啓通の両側にポプラ並木があった。2002.4.19


地下鉄を降りて階段を上ると、そこは緑が溢れた世界だった。2002.9.7


幌平橋から見た行啓通。2002.9.7

2003年 3月25日「「中島パフェ」開設


幌平橋駅エレベーター出入口の、直ぐそばに鴨々川が流れる。小さくて見えにくいがマガモが数羽泳いでいる。2003.4.3

東京の親戚にA4一枚の新聞体裁「中島公園便り」を送ったら、けっこう喜んでもらえた。ご近所へのアッピールも兼ねてホームページ「中島パフェ」を開設した。


駅前交差点横断歩道。その右は幌平橋駅1番出入口。左は2番出入口。2003.4.22


行啓通、ポプラ以外には若葉が茂り、正面に桜並木が見える。2003.5.3


幌平橋駅前の小さな広場。2003.5.12


水と緑に恵まれた幌平橋駅界隈。鴨々川と行啓通。この画像では分からないが、左側は川に挟まれた中島。この川の左に鴨々川水遊び場がある。2003.5.12


中島公園周辺の道路は曲線が多い。碁盤の目が特徴の札幌では珍しい。曲線のある街は自然が残された街である。2003.7.29


駅を出ると緑がいっぱい。2003.7.29


幌平橋駅からまっすぐ進むと行啓通歩道、右に曲がると札幌コンサートホール・キタラ方面への園路。2003.7.29


この辺りの鴨々川には自然が残っている。下流に行くに従い人工的に。2003.7.29


幌平橋駅駐輪場。2003.1025


2週間後の同じ場所。2003.11.7


近くで見ればポプラも丈夫そう。2003.11.7


地下鉄駅への道は緑豊か。2003.11.7


約1ヶ月後には葉も落ちた。2003.12.1

2004年 この年の9月8日に台風


冬のポプラもこれでお仕舞い。この年の9月、台風で倒壊する。2004.2.5


まさか、このポプラ並木が倒壊するとは思わなかった。背が高い割りに細いからだろうか。ある程度の高さで剪定したら大丈夫だったかな? いろいろ考える。2004.3.7


幌平橋駅は何もない駅、あるのは水と緑。それに野鳥。そんな風景が好きだったが、かなりの緑を台風で失うことになる。まさか、こんな台風が来るとは…。2004.3.7


かってポプラを背にして幌平橋駅1番出入口があった。2004.3.20


台風は、この辺りの景観を大きく変えた。最初は驚くが、だんだん慣れてくる。そしてポプラ並木のあったことを知らない住民も増えてくる。 2004.3.20


台風が襲う半年前の幌平橋駅前風景。曖昧な記憶だけでなく写真を撮っておいて好かったと思う。2004.4.5


行啓通の歩道と中島公園の園路がここで合流する。雰囲気のある通勤・通学路。ポプラ並木の終点は幌平橋駅。2004.4.10


育つのに百年? 倒壊は一瞬。2004.5.12


2005年1月23日初めてテレビに出た。ほんのちょっとだけ。番組はは「STVどさんこワイド台風18号の猛威」。年末放映の特別番組である。

今なお台風18号の爪痕を残しているところはどこかと探したら、地下鉄幌平橋駅前のポプラ並木にたどり着いた。

念のため、他に傷跡を残している所はないかと公園中、探しまわったが、やはり特別に目立つ所はない。 

被害を受けた場所は沢山あるが、いったん片付けてしまうと、それが新しい景色になり、被害の程度は分からなくなってしまう。だから、在りし日のポプラ並木の姿をウェブ上に残したいと思った。

公園の資産と活用を考えるリンク

中島公園の資産と活用シンポ報告書
資産活用「簡単解説」3.岡田花園
資産活用「簡単開設」2.中島競馬場
資産活用「簡単解説」1.藻岩山眺望

中島公園・昔と今サプページ

幻のオリンピックⅡ札幌決定欣喜雀躍
幻のオリンピックⅠ 謎の五輪ポスター
猫とハーモニカの謎
思い出の山内壮夫ワールド

野外彫刻関連情報

中島公園彫刻クイズラリー
中島公園野外彫刻一覧

シンポジウム2010「北の彫刻

泡の一粒ずつが無数の記録を残す

「歴史は勝者が作る」といわれている。これは必ずしも、戦争の勝者という意味だけではない。

人生の勝者も歴史を作る。 ほとんどの記録は成功者によって残されているからだ。

「…私たちは一瞬に消えていく泡のような存在ではあるが、その記憶や記録を残すことによって、泡それ自体の息吹を歴史に伝えることができるのです」北海道新聞2012年9月15日『体験を書きとどめる』ノンフィクション作家 保阪正康氏

私は一瞬に消えていく泡のような存在だから、私の想いを記録としてウェブ上に残したいと思う。管理人nakapa

 
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