中島公園の南側、地下鉄幌平橋駅2番口を出ると鴨々川が見える。近くの太鼓橋を渡ると鴨々川水遊び場がある。

鴨々川水遊び場(1975年オープン)


地下鉄幌平橋駅近くを流れる鴨々川は遊び場になっている。

1975年に自然の川を利用して子供たちがのびのびと遊べる場所としてオープン。全長250メートル、水深20センチ、当時は都心部唯一の水遊びができる川として誕生した。看板には「鴨々川遊び場」と書いてあり、水の字はない。

2016年3月 遊具も更新されたが小さくなった

下は2015年まであった遊具(参考)

遊具で遊ぶ子は居るが賑うという程でもない。2012年7月7日撮影

今は静かで落ち着いた憩いの場所

飛び石、浮島、川渡ロープなどがあると言うことだが、今はロープは見当らない。全体に古びた感じでオープン当時の賑わいはない。今は静かで落ち着いた憩いの場所として親しまれている。


橋も飛び石もあるが、遊んでいる子供たちは見当たらない。


冒険心あふれる初期の遊び場には大きな滑り台が付いていた。


今日は土曜日、遊んでいる子もいるが数はすくない。


地下鉄幌平橋駅裏を流れる鴨々川。冬は鴨(マガモ)が棲息している。

1975年オープン当時は子供たちで賑っていた

下の画像を見ると川渡りロープを楽しむ子供たちで賑っていることが分かる。  「ヤンググループ『さっぽろ青年開発会議』の提唱がきっかけで市が動き出し、この遊び場が実現した(北海道新聞昭和50年7月6日)」そうだ。


オープン当初は遊ぶ子供たちで賑わっていた。 札幌市公文書館所蔵

私が中島公園近くに転居した2001年には、このロープもなく、賑わいもなかった。 いつどのような理由でなくなったか気になるところだ。

全体として安全が優先される方向で川渡りロープ等、冒険心をそそるような施設がなくなって行ったような気がするが、どうだろうか?


今はない川渡りロープを楽しむ子供たち。 札幌市公文書館所蔵

長い間、行啓通の南西側は札幌護国神社かと思っていたが、中島公園マップを見て鴨々川付近とテニスコートは中島公園の敷地にあることが分かった。 今でも「鴨々川遊び場」と書いた看板は残っている。しかし、綱渡りロープ、大きな滑り台、水車等は見当たらない。


イカダで遊ぶ子供たちも楽しそう。 札幌市公文書館所蔵

写真を見ると1980年前後にはかなり賑わっていたことが分かる。文字どおり子供たちの遊び場になっていた。ロープやイカダはいつの間にかなくなり、大きな滑り台や水車はいつの間にか外された。飛び石と板橋、それに滑り台の階段部分は今でも残っている。


大人が子供たちの遊びをサポートしている。  札幌市公文書館所蔵

子供たちは本当に楽しそうに遊んでいるが、世話をする大人の姿も見られる。 なにかのイベントが行われているような感じだ。写真を見て感じることは、水遊び場を活用しようと思えば大人のサポートが必要なことだ。


子供達がいきいきとして楽しそうに遊んでいる。 札幌市公文書館所蔵


ちょっと高くて怖いような感じの滑り台。 札幌市公文書館所蔵


大きな石に水車などが川に変化を与えている。 札幌市公文書館所蔵


1986年5月5日、オープンして約11年後。 札幌市公文書館所蔵

子供たちだけで遊ぶなら、この程度(上の画像)がいいかなと思った。遊び場に冒険的要素をいれるなら、それなりの組織がサポートする必要があるだろう。 人手も予算もないのなら、落ち着くべき姿に変わって行ったと納得できる。


スタート当時(1975年)の案内板。  札幌市公文書館所蔵


遊び場に架かる太鼓橋は当時のままか。 札幌市公文書館所蔵


遊び場には飛び石、浮島、大型滑り台等があった。 札幌市公文書館所蔵

今では公園全体が水遊び場


現在の案内板には鴨々川導水施設の説明もある。

導水菅工事の本来の目的は茨戸川の水質改善を進めるためだが、中島公園で遊ぶ子供たちの立場からみれば、園内を流れる鴨々川全体を水遊び場として維持する為の工事でもある。

鴨々川遊び場の下流は札幌護国神社、更に下流の自由広場、白鶴橋あたりまで水深は浅く、水遊びができるようになっている。後ほど詳しく説明するが川底の下に導水菅があり大量の水が、菅の中を流れているのだ。


南14条橋下流にも鴨々川に入るスロープがあり楽しく遊べる。


川底の下には導水管が付設され大量の水が流れている。


鉄柵の向こうが導水菅を流れて来た水の出口。
この辺から先は鴨々川に大量の水が流れることがあるので立入禁止。

茨戸川の水質改善のため河川工事が行われた

鴨々川導水管工事
茨戸川の水質改善を進めるために、豊平川からの水を鴨々川・創成川に流し、茨戸川へ導水している。

この工事は2006年頃に終了した。
鴨々川では、上流部の分水施設により、遊水場や親水区間を流れる水量は今までと変わらない。
上の画像は直径1メートルの導水管

しかし、吐き出し口から下流は、分水した地下の導水管と合流し、最大でこれまでの5倍の水量が流れるようになった。

中島公園の南からキタラ近くの中州橋まで川の下に導水管

豊平川から鴨々川に取り込まれた水は、中島公園の手前で地表を流れる川と川底の下に付設された導水管に別れる。

導水管に水を流すことで、安全に水遊びが出来る。導水管を通ってきた水は、中洲橋付近で川底から出て合流する。

地下鉄幌平橋駅は水と緑以外何もない駅

地下鉄の駅を出て直ぐ小川があって水鳥がのんびり浮かんでいるのは北海道ではここだけ。鴨が居るのは主として池が凍結する冬場だけ。


池が凍結する冬はマガモの居場所になっている。川の流れは凍らない。

幌平橋駅のまわりにはコンビニもラーメン屋もない、あるのは水と緑と野鳥だけ。行啓通のポプラ並木は素晴しく、幌平橋は歩道が広く、橋と言うよりも公園のような感じだ。

私の知る限りでは幌平橋駅は日本一風流な地下鉄駅だった。 残念ながら自慢のポプラ並木は2004年9月の台風18号で壊滅的な打撃を受け、幌平橋駅駅前のポブラ並木は、並木とは言えない状態になった。

それでも、水遊び場は楽しい夏の遊び場として、今でも子供達や家族連れに親しまれている。 そして冬は鴨の居場所として親しまれている。

2016年4月15日更新
中島公園パーフェクトガイド
鴨々川の今と昔「中島パフェ」

幌平橋駅より水遊び場まで御案内

中島公園で一番、自然に近い形で残されているのが、鴨々川水遊び場付近と思う。歩いて2分程度の道のりだが案内させて頂く。


地下鉄南北線幌平橋駅下車。2番出入口より地上に出る。


エレベーターを利用しても、ほぼ同じ場所に出ることができる。


出口より真っ直ぐ少し歩けば、右手に、
「鴨々川遊び場」の看板が見える。


その近くに公衆トイレもある。


右に曲がると太鼓橋が見える。


太鼓橋を渡ると正面はテニスコート。


太鼓橋の右側も、この様に水深が浅いが、川の流れがいつも同じとは限らない。


太鼓橋の上から左側を見るとポプラの大木がある。鴨々川も自然が残されているように見える。水と緑がいい風景をつくっている。


橋を渡ると水飲み場がある。ここで水遊びしている子供を見たことがある。暑い夏の日だが、水飲み口を噴水にして遊んでいた。 

もったいないと言えばモッタイナイが、本物の噴水に比べれば安いものだ。遊び場には遊具もある(上の画像)。


テニスコートのフェンス側に案内板があり、鴨々川導水施設の説明もある。水と緑の中島公園にとって導水管の果たす役割は大きいと思う。札幌市全体を考えても大きな役割を果たしている導水管である。 


ここが鴨々川遊び場の川部分だが、子供たちや家族連れの憩いの場所になっている。 かっての冒険のイメージはなくなり、静かに楽しむ場所になっている。


階段を上ると高い所に着くが、それだけだろうか? 以前は、ここから何等かの冒険ができたのだと思う。多分大型滑り台。

いろいろ疑問もあるが、1975年の冒険的遊び場から、冒険の部分だけを取った感じの鴨々川遊び場である。

確かに冒険への憧れはあるが、それは一つの夢。 夢を実現させる為には、現実的なサポートが必要だ。例えば予算とか人手。それが準備できないのなら、今のように静かに憩うのもいいかも知れない。

以下、「札幌市公文書館所蔵」画像

とは言え、昔の活気が羨ましい。


子供達が遊ぶ姿を見るのは楽しい。


大人のサポートが画像から感じられる。


その部分を拡大してみた画像。


楽しい遊びには危険も付きもの。小さい子の安全を確保する必要がある。


子供は水遊びが大好きだ。


今では考えれないほどの賑わい。


テニスコートのフェンスが見える。


水深が深い方が落ちたとき安全だが、小さい子が溺れる可能性もある。難しい?


水深が浅すぎて物足りないような気がするが、子供たちは楽しそうに遊んでいる。


今はこのように楽しむ姿は見られない。



飛び石は今でもある。



滑り台は取り外されている。


ターザンロープと呼ばれ親しまれていた。綱渡りロープは、今はない。

以前は清掃、安全管理の為の見回りなど市民ボランティアの協力が大きかったといわれている。

以上、「札幌市公文書館所蔵」画像

子供たちどっと 鴨々川遊び場オープン
「北海道新聞」の1975(昭和50)年7月6日付朝刊・札幌市内版の見出しである。本文を読んでみよう。

自然の川を利用して、子供たちがのびのびと遊べる場を----2年前、ヤンググループ、さっぽろ青年開発会議の提唱がきっかけで市が動き出し、この遊び場が実現した。

「川は危険なので遊ばないように」としつけられてきた子供たちには何よりの魅力の遊び場といえる。
(以上、さっぽろ文庫84中島公園抜粋)

2007年秋 鴨々川でサクラマス騒動

ある日、サクラマスが中島公園内を流れる鴨々川にいることに気がついた。

「鴨々川にサクラマスが遡上してきた。長い間続けて来た「クリーン鴨々川清掃運動」の成果だと喜んだものもつかの間。よく考えてみると、ここは豊平川の下流に当たる場所。サクラマスが遡上するはずがない。喜びの反動で落胆も大きかった。

「鴨々川にサクラマス遡上」と言うような見出しで新聞に記事が載ると、大勢の人たちが中島公園を訪れた。アチコチでサクラマスを撮っている。そんな光景も長くは続かなかった。鴨々川で死んだサクラマスがカラスに食べられ、無惨な死骸がアチコチで見られるようになったのだ。

最終的には「サケ科学館」の係員が、生き残ったサクラマスを保護して、豊平川に戻した。サクラマスは来てはいけない場所に来てしまったのだ。原因は鴨々川河川工事の影響とのことが判明した。

「中島パフェ」よりの問合せに対して「豊平川さけ科学館」よりメールが届いた。「現地確認後の当館の見解はブログ記事の通り。転載は自由。」ということなので、ブログをそのままコピー。

『数日前の新聞にも掲載された鴨々川のサクラマス、今日時間が取れたので、初めて現物を見に行ってきました。
まず、豊平川から鴨々川への取水口を確認すると、柵は付いているものの、縦スリットの間隔が広く、これではサケやサクラマスが簡単に通り抜けます。

この状況からすると、今回はおそらく豊平川に遡上した個体が迷い込んだのでしょう。鴨々川に行ってみると、幌平橋からすぐの所で、産卵場所を守っているメスが1尾見つかりました。ほかには産卵を終えて死んだメスが1尾。おなかの中には卵が1粒しか残っていなく、無事に産みきったと言えます。

付近で産卵できそうな環境は、ごく短い区間しかないのですが、そこに5ヶ所の産卵床を確認しました。オスの確認はできませんでしたが、状況からすると産卵は無事終えたものと思われます。あとは卵が無事育つかどうかですね。

ただ、ここで生まれても、越冬環境や降海、遡上のことを考えると、鴨々川ではちょっと難しいと思います。やはりサケやサクラマスが入ってこないような対策が必要でしょう』以上、「豊平川さけ科学館」より。


「鴨々川遊び場」に架かる太鼓橋の南側でやっと撮ったこの一枚。この時は、中島公園を流れる鴨々川のいたるところにサクラマスがいた。 ひょんなことで迷い込んだらしい。 ホンの一時期の「サクラマス騒動」だった。
詳細 → 鴨々川に迷いこんだサクラマス

中島公園の施設(利用案内を含む)

中島公園の野外彫刻
札幌コンサートホールKitara
北海道立文学館
日本庭園・八窓庵(国指定重要文化財)
豊平館(国指定重要文化財)
札幌市人形劇場こぐま座
札幌市天文台
中島児童会館
札幌市中島体育センター
中島公園庭球場(テニスコート)
ボートハウス(貸しボートと食堂)
自 由 広 場
遊戯(ちびっ子)広場
飲食 ・ 売店(中島公園内)
冬季閉鎖施設

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